未配達の証明

月曜の朝、黒田里奈の軽バンには百個を超える荷物が積まれていた。最短の順路を頭に入れ、信号待ちの間にも端末を確認する。その画面に、担当マンションで三件目となる紛失申告が表示された。

営業所へ呼び戻された里奈は、宮原の机に端末を置いた。画面には、住戸の玄関前に置かれた箱と部屋番号が写っている。送信時刻も位置情報も残っていた。

「配達した証明です。三件とも、指定どおりに置いています」

宮原は画面を一度見ただけで端末を押し戻した。

「置いた証明であって、受取人の手元に渡った証明じゃない。三件分は弁償になる。回答は明日まで。拒むなら担当区域も見直さないといけない」

区域を外されれば、翌月の収入が消える。里奈は反論をのみ込み、休憩を削って車へ戻った。遅れは走れば取り返せるし、潔白も自分で証明するしかないと思った。

同日夕方、問題のマンションの荷さばきスペースで、別会社の配達員二人が声を潜めていた。島田篤は台車を押さえ、森川美紀は端末を握ったまま、置き配後に荷物が消えたと話している。

「写真はあるんです。でも会社に騒げば、この区域を外されるかもしれない」

「私も位置情報と時刻は残ってます。けど、異議を出して仕事が減ったら困る」

里奈は足を止めた。自分を含めれば、同じ建物で少なくとも五件だ。連絡先を聞こうとしたとき、管理人の大橋修司が清掃カートを押して近づき、三人の会話は途切れた。

里奈は結局、何も言わずに荷物を抱え直した。先に自分の件だけ解決できれば、区域を守る材料になる。そう考えて立ち去ったものの、背中には二人の沈黙が張りついていた。

火曜の午前、里奈は紛失した日用品の再配達で、同じマンションを訪れた。住人の安西恵は、ビーグルのポン太を連れて一階へ下りてきた。

里奈が新しい箱を差し出すと、ポン太は勢いよく鼻を寄せた。箱の継ぎ目には、甘い香りのする青い粘着テープが使われていた。犬は匂いを確かめた直後、そばに置かれていた大橋の清掃カートへ向きを変えた。

ポン太は下段の布袋へ鼻を押しつけ、前足で何度も掻いた。大橋が取っ手をつかむ。

「ごみの匂いでしょう。犬はこういうものが好きですから」

「待ってください。前の荷物も、この青いテープでした」

安西がカートを止め、里奈と一緒に下段を確かめた。布袋の縫い目から、青い粘着テープの切れ端が出てきた。再配達の箱と同じ甘い香りが残っている。

安西は切れ端を透明な袋に入れ、発見場所が分かるようカートと時計をスマートフォンで撮影した。大橋は何も言わず、硬い表情で管理室へ戻った。

「配達員さんを疑う前に、確かめることがありますよね」

安西の言葉に、里奈はうなずいた。一人分の写真だけでは退けられた。だが、五件の記録をつなげれば、別のものが見えるかもしれない。

同日昼、里奈は配送の合間に近隣のコンビニ駐車場で島田を捜し、森川にも連絡を取った。前日に声をかけなかったことを詫び、保存している記録を見せてほしいと頼んだ。

三人は車の荷台を机代わりにして、配達写真、完了時刻、位置情報、紛失申告の時刻を並べた。会社も端末も違ったが、五件とも大橋の勤務中に配達され、その日のうちに消えていた。

「一件ずつなら、こっちの不注意にされる」島田が言った。「でも五件なら違う」

「記録を渡したら、会社にも知られますよ」森川はためらったが、端末から時刻表を送信した。「それでも、黙って弁償するよりはいい」

夕方、三人は安西とともにマンションの集会室へ入った。個別の苦情ではなく、五件をまとめた連名の調査要請書を作り、テープ片の写真も添えた。安西の紹介で会った管理組合理事長の藤崎和子は、資料を順に確かめた。

「映像が上書きされる前に保全します。電子錠の履歴も確認しましょう」

別々なら弱かった記録が、一つの時系列になった。その夜、藤崎の立ち会いで管理室の保存映像が開かれた。

映像には、里奈が立ち去った三分後、大橋が清掃カートを押して同じ階へ上がる姿が映っていた。戻ってきたカートの下段には箱が載っている。島田の配達から二分後、森川の配達から五分後にも、同じ動きが繰り返されていた。

カートはその後、使われていない八〇三号室へ向かっていた。電子錠の履歴を調べると、各紛失時刻の直後に、管理人用マスターキーで入室した記録が残っていた。

呼ばれた大橋は、椅子に腰を下ろさないまま言った。

「誤配の可能性があったから、一時的に保管しただけです」

藤崎は宅配ロッカーの導入提案書を机に置いた。提案元には、大橋と同じ姓を持つ会社代表者の名がある。

「親族の会社ですね。導入時の紹介料についても、理事から聞きました」

大橋の肩が落ちた。盗難が続けば住民は不安になり、高額な宅配ロッカーでも導入に賛成すると考えたのだという。成約すれば紹介料を受け取る約束だった。

配達後のわずか数分が、里奈たちの仕事を奪いかけていた。その数分を特定できたのは、誰か一人の速さではなく、三人が持ち寄った時刻だった。

水曜の午前、藤崎と理事二名の立ち会いで八〇三号室が開けられた。室内には未開封の荷物が五箱あり、奥には開封済みの梱包材も積まれていた。伝票番号と品名を一件ずつ記録し、回収が終わったところへ、管理会社の責任者である野沢が現れた。

集会室へ移ると、野沢は大橋を外すと約束する一方で、警察や配送会社への説明は控えてほしいと求めた。

「管理人個人の行為です。ただし、置き配の受領確認が十分でなかった点は、配達員側にも責任があります。弁償手続きは予定どおり進めるのが妥当でしょう」

野沢は里奈にだけ、三件分の請求を撤回してもよいと持ちかけた。里奈が同意すれば、島田と森川の件は個別に処理するという。

昨日までの里奈なら、その条件をつかんでいたかもしれない。だが、島田の写真と森川の位置情報がなければ、大橋の動きは特定できず、自分も切り捨てられていた。

「私だけ免責される話には応じません。五件とも、配達は完了しています」

島田と森川が隣でうなずいた。荷物は戻っても、損失を弱い側へ押し戻す仕組みが残れば、次も誰かが同じ目に遭う。

水曜の午後、三人は回収品一覧、配達記録、防犯映像の確認結果をそれぞれの配送会社へ同時に提出した。安全な受け渡し手順が整うまで、同マンションへの戸別配達を停止するという連名の通知も添えた。

宮原はすぐに里奈へ電話をかけてきた。

「黒田さんだけ通常配達に戻るなら、区域は保証する。ほかの会社と足並みをそろえる必要はないだろう」

「私だけ戻れば、次は別の一人が責任を負わされます。手順が決まるまで戻りません」

三人はほかの担当配達員にも記録を共有し、荷物を営業所留めか、住民本人が受け取る臨時窓口扱いに統一した。金曜まで戸別配達は止まり、里奈たちの出来高報酬も減った。一方、荷物を受け取れない住民からは、管理会社へ説明と早期交渉を求める声が相次いだ。

複数社の配達員が同じ条件を拒んだため、野沢は代替要員で穴を埋められなかった。管理会社は管理組合と住民、配達員を交えた手順改定の協議に応じた。

翌週月曜、集会室で新しい運用が確認された。管理人は荷物に触れず、対面受領には住民の署名か端末認証を残す。置き配は住民の事前指定と配達写真を組み合わせ、共用ロッカーの開閉履歴は管理組合と住民が確認できるようにする。

管理会社は五件の紛失申告と弁償請求を撤回し、新設備の購入ではなく既存設備を使った暫定運用を受け入れた。記録は配達員を監視するためだけでなく、住民と配達員の双方を守るものとして共有されることになった。

配達再開の日、里奈は共用受け渡しスペースで安西に荷物を渡した。端末に認証を残し、完了記録を島田と森川にも共有する。数日分の収入は戻らなかったが、誰か一人の潔白だけが例外として認められるより、次に拒める条件が残った。

その日の荷物は、また上限を超えていた。以前なら休憩を削り、最後の一個まで一人で運んだだろう。里奈は無理な分を持ち戻りとして登録し、理由を記録した。

安西の足元で、ポン太が空になった清掃カートを一度だけ嗅いだ。もう興味はないらしく、すぐに鼻を離して戻っていく。里奈も端末をしまい、遅れを速度だけで埋めようとせず、島田と森川が待つ荷さばきスペースへ歩いていった。

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